カルティエのミニ知識
カルティエの食器は他ブランドに比較すると流通量は大変少ないのが特徴です。その為希少性が高く、高価買取対象ブランドのひとつに挙げられます。食器の販売自体を全面的に出していませんので、現在店舗やホームページからの購入も基本的には行っていないようです。食器は販売だけでなくノベルティグッツもあり、主力製品ではないのを感じさせますが、製品として劣るものでは決してありません。
カルティエの食器はフランス磁器で歴史の深いリモージュで生産されており、デザインはカルティエの象徴的アイコンでもあるパンテール(豹)が多くみられます。最近ではベビーギフト用の食器セットもみられ、パンテールがカラフルな宝石でボール遊びをしているような可愛らしい絵柄が施されています。王の宝石商と言われるカルティエらしいデザインですが、小さなお子様にも使いやすい柔らかな表現で、眺めるだけで思わず微笑でしまう愛らしさがあります。
パリのジュエリー職人ルイ=フランソワ・カルティエが創業。息子のアルフレッド、孫のルイ、ピエール、ジャックへと店は引き継がれメゾンは華やかに盛栄していきます。
1899年
カルティエはセーヌ川にほど近いラ・ペ通りに店を構え、気品漂い諸外国のセレブの行きかうこの地で人々を魅了しました。三兄弟はパリを拠点に世界的に知名度を高めました。
1904年
ピエールとルイはロシアを訪問し魅了され、創造のインスピレーションを得ました。その豪華で洗練された宝飾品はロシアの貴族も魅了し話題になるのに時間はかかりませんでした。
1909年
バッキンガム宮殿やハイドパークに近いニューボンドストリートに出店し、英国貴族の方々もサロンを訪れました。カルティエロンドンは1911年に三男のジャックが経営を担当することになります。
ジャックは裕福な実業家だけでなく、インドの王子たちとの交流を深めていきました。
当時のイギリス領インド帝国は「英国王の王冠に埋められた最大の宝石」と言われ、1900年にカーゾン提督は「我々は、インド以外の全ての植民地を失っても生き延びることができるだろう。しかし、インドを失えば、我々の太陽は没するであろう」と言わしめる程、栄華を誇っていました。
カルティエの職人たちによる高い技術と独特のスタイルに魅了されたインド王族の方々は豪華な宝石をカルティエに託し、それを最高に美しいパリュールに仕立てました。パリュールとはジュエリーセットを指し、王冠、ティアラ、ネックレス、ブレスレット、ピン、指輪、イヤリング、ブローチ、櫛、ドレスの上に着けるベルトの留めなどのセット。貴族やセレブなど地位の高い人々の間でステイタスを高めたりお互いを驚かせたりと、社交界でなくてはならないアイテムです。そのアイテムをデザインと技術に富んだジュエラーに依頼しコレクションを増やそうと、宝石商を争って取り合うような歴史的背景もありました。こうしてインド王族との交流が始まり、この地に拠点を構えます。
19世紀末、国際感覚豊かな西欧の人々はアジアやアフリカから影響を受け芸術の世界に反映していました。ジュエリーにおいて先駆的存在のカルティエは異国情緒を取り入れた作品を生み出しました。
1909年
次男ピエールはニューヨーク店を任されアメリカへと渡ります。当時アメリカは新世界と呼ばれ、顧客の中には裕福な実業家や銀行家に加えブロードウェイや無声映画のスターも加わり、後にハリウッドセレブも名を連ねました。その中にはグレース・ケリーやエリザベス・テーラー、近年ではアンジェリーナ・ジョリーの名前も。
こうした人々が見出したのがカルティエを常に突き動かしてきた卓越性の精神でした。
英国王エドワード7世がカルティエを称え「王の宝石商」と呼び、この言葉はカルティエと世界中の貴族たちとの深い交流を伝えます。1904年から由緒ある15の王室から御用達ジュエラーとして認められ、また歴史的なティアラの注文も受けています。
1909年ロシアのウラジミール大公夫人パヴロヴナ大公妃。
1912年ベルギーのエリザベート妃、1920年スペインのユウジェニー王妃へティアラを製作。
1926年カプルタラーのマハラジャ、ジャグジード・シンが19個の桁外れのエメラルドのターバンの飾りをカルティエに注文。117.40カラットもの石もありました。
さらに、カルティエは王族や貴族たちの結婚も見守ってきました。
エリザベス女王となったヨーク公爵夫人のために1936年に制作され、1955年にマーガレット王女も着用されました。
女優グレース・ケリーとモナコのレーニエ3世は10.47カラットのエメラルドカットのダイヤモンドリングを贈りました。
最近では2011年4月の英国ウィリアム王子とキャサリン・ミドルトンさんの結婚式でもカルティエのティアラが着用されました。
食器にも登場するパンテール。カルティエに初めて姿を現したのが1914年製造のパヴェセッティングの美しい毛並みを持つリストウォッチでした。
1914年ルイ・カルティエはフランス人イラストレーターのジョルジュ・バルビエに“パンテールのような女性”をテーマとしたイラストを依頼しました。ブラックのパンテールが官能的に描かれ、ミステリアスで危険な香りを漂わせたこのイラストは、後に広告に用いられました。
1918年にメゾンに入社したジャンヌ・トゥーサンはルイ・カルティエのパートナーでもあり独特のスタイルと強い個性から「ラ パンテール」と呼ばれていました。
女性の自由が広まった1920年代。力強く断固とした女性を象徴するカルティエパンテールとそのクリエーター、ジャンヌ・トゥーサンが現れた時代です。
1920年代から自身のビジョンや知識をジャンヌ・トゥーサンに伝えてきたルイ・カルティエは、1933年、彼女にハイジュエリー部門の最高責任者を任せました。
彼女はしなやかなエレガンスを備え自由で大胆な感性を余すことなく発揮し、まさにパンテールを思わせる女性だったようです。
20世紀初頭ジャンヌ・トゥーサンとルイ・カルティエは、当時ヨーロッパでは珍しくアフリカからサファリ、ケニア旅行に行き、パリへ戻ったジャンヌ・トゥーサンはその後パンテールに夢中になり、ジュエリーのデザインに用いたのです。パンテール以外に動物を具象化するカルティエの卓越した職人技は、多くの貴重なネコ科動物を象ってきました。タイガー、ユキヒョウ、ピューマなど、メゾンのアニマルモチーフは徐々に豊かになっていきました。
写実的にもグラフィカルにも、時に暗示的なデザインで影響を与えるパンテールのフォルムやポーズは、歴史の中で常に変化していきました。
宝飾界でパンテールを女性らしさの象徴としたのはカルティエが初めてです。
カルティエに欠かせないモチーフとなり、シガレットケースやバニティーケース、さらにブレスレット ネックレス ブローチといったジュエリーへと姿を変え、艶羨の的となります。
1948年立体的なパンテールブローチはウィンザー侯爵夫人のものとなりました。
夫人は翌年プラチナ製パンテールが152カラットのサファイアカボションに乗る二つ目のブローチを購入しました。
夫人はオニキスの斑点が入ったパンテールのブレスレットもコレクションに加えます。
写実的で彫刻のようなジュエリー。パンテールは時代を超えて魅力を放つエンブレムとして今もカルティエを象徴する代表的モチーフです。
◆シガレットケース
1917年にルイ・カルティエがジャンヌ・トゥーサンに贈った美しいシガレットケース。パンテールの全身がメゾンのクリエーションに登場した初めての作品です。
◆ヴァンセンヌ動物園にて
1927年以降、デザイナー、ピーター・ルマルシャンはカルティエのクリエイションのために数えきれないほどの時間をヴァンセンヌ動物園で過ごし、動物たちの表情や動きを研究していました。1940年代後半、彼の描いたパンテールジュエリーのデザインは、ジャンヌ・トゥーサンの情熱を呼び覚ましたのでした。
1935年カルティエは最初のパンテールリングを製作します。これはイエローゴールドにブラックエナメルを組合わせた最初の作品となりました。
◆スペシャルオーダー
1948年、ウィンザー公爵はカルティエに素晴らしいエメラルドを託します。カルティエはこのエメラルドでブローチを製作。それは立体的に制作された最初のパンテールとなりました。
◆イエローダイヤモンド
ときに温和で、ときに官能的で、ときには野性的なまなざしを見せるパンテール。1949年に制作されたブローチのイエローダイヤモンドの瞳は野生動物の獰猛な一面が表現されています。
◆アガ・カーン妃ニーナ
1958年立体的に作られたものの中で最も壮麗で自然主義的なこのジュエリーセットは、結婚式に身に着けるためにアガ・カーン妃ニーナに贈られました。
◆マリア・フェリックス
「メキシコのラ パンテール」と呼ばれたマリア・フェリックスは、カルティエのアニマルモチーフの愛好者でした。1967年、マリアは二つのパンテールヘッドをあしらった連結式のブレスレットを注文しています。
◆パリの女王
1970年代、パリの西岸を象徴する人物で、シャンソン界の「ラ パンテール」とされた、ジュリエット・グレコ。その肩にはカルティエのパンテールブローチが光っていました。
◆ウダイプル
1982年ウダイプルジュエリーが見せたのは従順なパンテールでした。取り外すことができる作りのブローチは、後の取り外し可能なジュエリーの製作につながり、カルティエの伝統を作り出しました。
◆妥協のないデザインを支える優れた技術
パンテールの繊細な毛並みを忠実に再現するために、カルティエは“ファーセッティング”という独自の技術を開発。繊細なゴールドの糸で石を囲み、石の上に折り曲げて毛並みを表現しています。カルティエの卓越した職人技が、写実的なパンテールのディテールにまで生命を吹き込みます。
カルティエの歴史をさかのぼると、食器にも描かれたカルティエの世界観が彷彿とよみがえり、洗練された豪華さとエキゾチックなデザインが今日でも人々を魅了しています。
是非お使いの予定のないカルティエ食器がございましたら、当店にご相談ください。
カルティエの食器はフランス磁器で歴史の深いリモージュで生産されており、デザインはカルティエの象徴的アイコンでもあるパンテール(豹)が多くみられます。最近ではベビーギフト用の食器セットもみられ、パンテールがカラフルな宝石でボール遊びをしているような可愛らしい絵柄が施されています。王の宝石商と言われるカルティエらしいデザインですが、小さなお子様にも使いやすい柔らかな表現で、眺めるだけで思わず微笑でしまう愛らしさがあります。
カルティエの歴史
1847年パリのジュエリー職人ルイ=フランソワ・カルティエが創業。息子のアルフレッド、孫のルイ、ピエール、ジャックへと店は引き継がれメゾンは華やかに盛栄していきます。
1899年
カルティエはセーヌ川にほど近いラ・ペ通りに店を構え、気品漂い諸外国のセレブの行きかうこの地で人々を魅了しました。三兄弟はパリを拠点に世界的に知名度を高めました。
1904年
ピエールとルイはロシアを訪問し魅了され、創造のインスピレーションを得ました。その豪華で洗練された宝飾品はロシアの貴族も魅了し話題になるのに時間はかかりませんでした。
1909年
バッキンガム宮殿やハイドパークに近いニューボンドストリートに出店し、英国貴族の方々もサロンを訪れました。カルティエロンドンは1911年に三男のジャックが経営を担当することになります。
ジャックは裕福な実業家だけでなく、インドの王子たちとの交流を深めていきました。
当時のイギリス領インド帝国は「英国王の王冠に埋められた最大の宝石」と言われ、1900年にカーゾン提督は「我々は、インド以外の全ての植民地を失っても生き延びることができるだろう。しかし、インドを失えば、我々の太陽は没するであろう」と言わしめる程、栄華を誇っていました。
カルティエの職人たちによる高い技術と独特のスタイルに魅了されたインド王族の方々は豪華な宝石をカルティエに託し、それを最高に美しいパリュールに仕立てました。パリュールとはジュエリーセットを指し、王冠、ティアラ、ネックレス、ブレスレット、ピン、指輪、イヤリング、ブローチ、櫛、ドレスの上に着けるベルトの留めなどのセット。貴族やセレブなど地位の高い人々の間でステイタスを高めたりお互いを驚かせたりと、社交界でなくてはならないアイテムです。そのアイテムをデザインと技術に富んだジュエラーに依頼しコレクションを増やそうと、宝石商を争って取り合うような歴史的背景もありました。こうしてインド王族との交流が始まり、この地に拠点を構えます。
19世紀末、国際感覚豊かな西欧の人々はアジアやアフリカから影響を受け芸術の世界に反映していました。ジュエリーにおいて先駆的存在のカルティエは異国情緒を取り入れた作品を生み出しました。
1909年
次男ピエールはニューヨーク店を任されアメリカへと渡ります。当時アメリカは新世界と呼ばれ、顧客の中には裕福な実業家や銀行家に加えブロードウェイや無声映画のスターも加わり、後にハリウッドセレブも名を連ねました。その中にはグレース・ケリーやエリザベス・テーラー、近年ではアンジェリーナ・ジョリーの名前も。
こうした人々が見出したのがカルティエを常に突き動かしてきた卓越性の精神でした。
英国王エドワード7世がカルティエを称え「王の宝石商」と呼び、この言葉はカルティエと世界中の貴族たちとの深い交流を伝えます。1904年から由緒ある15の王室から御用達ジュエラーとして認められ、また歴史的なティアラの注文も受けています。
1909年ロシアのウラジミール大公夫人パヴロヴナ大公妃。
1912年ベルギーのエリザベート妃、1920年スペインのユウジェニー王妃へティアラを製作。
1926年カプルタラーのマハラジャ、ジャグジード・シンが19個の桁外れのエメラルドのターバンの飾りをカルティエに注文。117.40カラットもの石もありました。
さらに、カルティエは王族や貴族たちの結婚も見守ってきました。
エリザベス女王となったヨーク公爵夫人のために1936年に制作され、1955年にマーガレット王女も着用されました。
女優グレース・ケリーとモナコのレーニエ3世は10.47カラットのエメラルドカットのダイヤモンドリングを贈りました。
最近では2011年4月の英国ウィリアム王子とキャサリン・ミドルトンさんの結婚式でもカルティエのティアラが着用されました。
メゾンカルティエを象徴する動物:パンテールのエピソード
食器にも登場するパンテール。カルティエに初めて姿を現したのが1914年製造のパヴェセッティングの美しい毛並みを持つリストウォッチでした。
1914年ルイ・カルティエはフランス人イラストレーターのジョルジュ・バルビエに“パンテールのような女性”をテーマとしたイラストを依頼しました。ブラックのパンテールが官能的に描かれ、ミステリアスで危険な香りを漂わせたこのイラストは、後に広告に用いられました。
1918年にメゾンに入社したジャンヌ・トゥーサンはルイ・カルティエのパートナーでもあり独特のスタイルと強い個性から「ラ パンテール」と呼ばれていました。
女性の自由が広まった1920年代。力強く断固とした女性を象徴するカルティエパンテールとそのクリエーター、ジャンヌ・トゥーサンが現れた時代です。
1920年代から自身のビジョンや知識をジャンヌ・トゥーサンに伝えてきたルイ・カルティエは、1933年、彼女にハイジュエリー部門の最高責任者を任せました。
彼女はしなやかなエレガンスを備え自由で大胆な感性を余すことなく発揮し、まさにパンテールを思わせる女性だったようです。
20世紀初頭ジャンヌ・トゥーサンとルイ・カルティエは、当時ヨーロッパでは珍しくアフリカからサファリ、ケニア旅行に行き、パリへ戻ったジャンヌ・トゥーサンはその後パンテールに夢中になり、ジュエリーのデザインに用いたのです。パンテール以外に動物を具象化するカルティエの卓越した職人技は、多くの貴重なネコ科動物を象ってきました。タイガー、ユキヒョウ、ピューマなど、メゾンのアニマルモチーフは徐々に豊かになっていきました。
写実的にもグラフィカルにも、時に暗示的なデザインで影響を与えるパンテールのフォルムやポーズは、歴史の中で常に変化していきました。
宝飾界でパンテールを女性らしさの象徴としたのはカルティエが初めてです。
カルティエに欠かせないモチーフとなり、シガレットケースやバニティーケース、さらにブレスレット ネックレス ブローチといったジュエリーへと姿を変え、艶羨の的となります。
1948年立体的なパンテールブローチはウィンザー侯爵夫人のものとなりました。
夫人は翌年プラチナ製パンテールが152カラットのサファイアカボションに乗る二つ目のブローチを購入しました。
夫人はオニキスの斑点が入ったパンテールのブレスレットもコレクションに加えます。
写実的で彫刻のようなジュエリー。パンテールは時代を超えて魅力を放つエンブレムとして今もカルティエを象徴する代表的モチーフです。
◆シガレットケース
1917年にルイ・カルティエがジャンヌ・トゥーサンに贈った美しいシガレットケース。パンテールの全身がメゾンのクリエーションに登場した初めての作品です。
◆ヴァンセンヌ動物園にて
1927年以降、デザイナー、ピーター・ルマルシャンはカルティエのクリエイションのために数えきれないほどの時間をヴァンセンヌ動物園で過ごし、動物たちの表情や動きを研究していました。1940年代後半、彼の描いたパンテールジュエリーのデザインは、ジャンヌ・トゥーサンの情熱を呼び覚ましたのでした。
1935年カルティエは最初のパンテールリングを製作します。これはイエローゴールドにブラックエナメルを組合わせた最初の作品となりました。
◆スペシャルオーダー
1948年、ウィンザー公爵はカルティエに素晴らしいエメラルドを託します。カルティエはこのエメラルドでブローチを製作。それは立体的に制作された最初のパンテールとなりました。
◆イエローダイヤモンド
ときに温和で、ときに官能的で、ときには野性的なまなざしを見せるパンテール。1949年に制作されたブローチのイエローダイヤモンドの瞳は野生動物の獰猛な一面が表現されています。
◆アガ・カーン妃ニーナ
1958年立体的に作られたものの中で最も壮麗で自然主義的なこのジュエリーセットは、結婚式に身に着けるためにアガ・カーン妃ニーナに贈られました。
◆マリア・フェリックス
「メキシコのラ パンテール」と呼ばれたマリア・フェリックスは、カルティエのアニマルモチーフの愛好者でした。1967年、マリアは二つのパンテールヘッドをあしらった連結式のブレスレットを注文しています。
◆パリの女王
1970年代、パリの西岸を象徴する人物で、シャンソン界の「ラ パンテール」とされた、ジュリエット・グレコ。その肩にはカルティエのパンテールブローチが光っていました。
◆ウダイプル
1982年ウダイプルジュエリーが見せたのは従順なパンテールでした。取り外すことができる作りのブローチは、後の取り外し可能なジュエリーの製作につながり、カルティエの伝統を作り出しました。
◆妥協のないデザインを支える優れた技術
パンテールの繊細な毛並みを忠実に再現するために、カルティエは“ファーセッティング”という独自の技術を開発。繊細なゴールドの糸で石を囲み、石の上に折り曲げて毛並みを表現しています。カルティエの卓越した職人技が、写実的なパンテールのディテールにまで生命を吹き込みます。
カルティエの歴史をさかのぼると、食器にも描かれたカルティエの世界観が彷彿とよみがえり、洗練された豪華さとエキゾチックなデザインが今日でも人々を魅了しています。
是非お使いの予定のないカルティエ食器がございましたら、当店にご相談ください。